執筆:フランス・スティーン
ここには、相互関連性と「不二(ふに)」に基づいた、二つの非常に特別な日本の教えがあります。
> **「一切唯心造(いっさいゆいしんぞう)」**
> この世のすべては、心が造り出す。逆に思わないことは、存在しない。
> **「三界唯一心 心外無別法 心仏及衆生 是三無差別」**
> 「三界(全世界)はただ一つの心に過ぎない。心の外に別の法(現象)は存在しない。心と仏、そして衆生(生きとし生けるもの)、これら三つに差別はない」
日本の密教の伝統において、この心の状態はすべての教えの根底にあります。さらに密教では、この心の状態が「加持祈祷(かじきとう)」に不可欠であるとされています。加持祈祷とは、霊気の体系における霊授やヒーリングのようなものです。
この特異な心の状態は、すべてが「ひとつ(ワンネス)」であること、すなわち「不二(ノン・デュアリティ)」を意味します。私たちが霊気であり、すべてのものが霊気であるということです。
> **「宇宙間の森羅万象(天地の万物)は、ことごとく霊気を保有している」**
> —— 臼井甕男(『公開伝授説明』より)
臼井先生はその教えの中で、この心の状態を非常に明確に示されました。例えば、記号・マントラである**「本者是正念(ほんしゃぜしょうねん)」**を見てみましょう。これは直訳すれば「私の本来の性質はひとつ(ワンネス)の心の状態である」、あるいは「私の本来の性質は不二の心である」という意味になります。
また、霊気の五戒の中にもこの心の状態を見ることができます。もし私たちが特定の何かを考えなければ、自ずと怒りや心配は消えていきます。そうして私たちは、親切さと慈愛の中に留まることができるのです。
五戒の中にある「今日(今日だけは)」という言葉は、今日というこの瞬間に、私たちがすでに宇宙全体と一つであることを指し示しています。
これは極めて重要なことを示唆しています。私たちはすでに霊気そのものであるため、改めて霊気に「繋がる」必要はないのです。また、「ネガティブな」エネルギーから自分を守る必要もありません。なぜなら、「私は宇宙そのものだが、あそこにあるネガティブなエネルギーや、あの人だけは例外だ」とは言えないからです。それは不可能です。そもそも、何かが、あるいは誰かが「ネガティブな」エネルギーを持っていると判断しているのは誰でしょうか? それは「心」です。すべては心の中にあります。だからこそ、霊気の五戒はすべて「心(マインド)」に関わるものなのです。
> 「加持が修行者に与える変化に加え、それには治癒の性質も含まれる。古今を通じて、病める人を助けるために加持祈祷によるヒーリングが行われてきた。」
> —— エイジュン・エドソン
私たちがこの深い相互関連性、すなわち「私たちは霊気であり、宇宙そのものである」ということに気づくとき、私たちはその心の状態を使って、他の人々が同じ状態に気づくのを助けることができるようになります。
> **「夫(そ)レ霊気療法ノ主体タル霊気ノ根源ハ、正シキ心ニ求メラレネバナラヌ。(中略)故ニ病気ノ治癒ハ二ノ次デアル。」**
> —— 冨田魁二 著『霊気と仁術』(1933年刊行)より
したがって、私たちが「ひとつである(不二)」という心の状態を直接体験することは、極めて重要です。たとえ最初は霊授や瞑想の実践中に一瞬垣間見るだけであったとしても、今日、すべての行いの中で「霊気であること(Be Reiki)」ができるようになるまで、私たちはそれを繰り返し認識し始めることができるのです。
「霊気である」という状態、そして今日この瞬間、すでに自分が100%の霊気であると気づくこと。これこそが、この美しい歌によって表現された臼井先生の厳格な教訓です。
> **「宇宙即我」「我即宇宙」**
> —— 臼井甕男(福岡甲旨郎 編『霊気療法のしおり』より)
臼井先生のこの厳格な教訓には、さらに多くの層(深い意味)があります。それを本当に理解するためには、先生がその体系に組み込んだ瞑想の実践を積み重ねる必要があります。
霊気の五戒はこの「霊気であること」の光を描写したものであり、手当ては送り手と受け手が同時に存在することで「自己」を忘れる修行であり、シンボルやマントラは、私たちが今日すでに輝かしい霊気であることへの指針です。
> **「発霊法(はつれいほう)」:私たちの不可思議な霊能を現す方法**
「発霊法」などの瞑想の実践は、月の光、すなわち私たちの内なる本質がすでに輝いていることを指し示しています。霊授(アチューンメント/イニシエーション)は、霊気を与えるためのものではなく、私たちが今この瞬間、100%霊気であることを再認識するのを助けるためにあるのです。